佐々木 中 『切りとれ、あの祈る手を—〈本〉と〈革命〉をめぐる五つの夜話』
目次

第一夜 文学の勝利

「焦慮は罪である」/誰の手下にもならなかったし、誰も手下にしなかった/「拒絶者は悔いぬ」/この時代にあって情報を遮断すること/「すべて」について「すべて」を 語れるという幻想/情報を集めるということは、命令を集めるということだ/「すべて」と「ひとつ」をめぐる悪しき知の姿──「批評家」と「専門家」/拒絶することはできないのか/何もしないでいること、彷徨すること/ニーチェは問う、「『哲学者』というものは今日もまだ可能だろうか」/「諸君は、いつも耳を澄まし、いつも一言投げ入れることができる機会をねらっているから、真の生産力をすっかり失くす!」/世界を生み出すこと──概念(conceptus)と受胎(conceptio)/書くこと、「女性になること」──ニーチェ、ラカン、ドゥルーズ/懐妊の賭け/本を読んだ、読んでしまった/グリューンヴェーデル、読むことの狂気/読めない本を読む、他人の夢を見る/少なく、繰り返し読む/何故「藝」か/ベルネ法とフロイトの自由連想──精神分析と文学/ジョイスとフロイト、同じ「歓び」という名を連れて/フロイトはヴァージニア・ウルフに捧げた、水仙の白い花を/ヴァージニアは言い放つ、「最後には孤独な戦いが私たちを待っている」/ロビンソン・クルーソー、孤島の奈落/ヴァージニア・ウルフなんてこわい/読書の愉悦は神をも羨望させる/そもそも「文学」とは何か/ロック、ヒューム、ニュートン、アダム・スミス──彼ら「文学者」たち/〈文学〉──聖典を読み書く技藝/それはいまだ文学と呼ばれなくてはならない、もっと広い意味で

第二夜 ルター、文学者ゆえに革命家

われわれは革命から来た/六つの革命/「革命」という語について──「大革命」としての宗教改革/暴力革命が「すべて」なのか/大革命とは、聖書を読む運動である/キリスト教世界の腐敗/修道院は貴族の贅沢な社交場になり果てていた/聖アンナへの誓願、修道士ルターの誕生/ルターの苦悩──「私は神を憎んでいた」/ルターは、本を、読んだ/本を読んでいるこの俺が狂っているのか、それともこの世界が狂っているのか/祈りと試練としての読書/ルター、この言葉の人/九五箇条の提題に天使が舞い降りる/彼は「彼女」に会いに来た、白い薔薇を一輪持って/「我、ここに立つ。私には、他にどうすることもできない」/『九月聖書』──ドイツ語を鍛え上げる/「明日で世界が終わろうと、私は今日林檎の木を植える」/ドイツ・コラールの創始者、音楽家ルター/法の革命としてのルター革命/法における「良心」の案出/「法治国家」の誕生──世俗国家の宗教化/「聖書博士にして、教皇の妨害者」/「性急さや暴力は神に対する信頼の欠如を暴露している」──言葉による革命/「マルティン・ルター」キング牧師/ドイツ農民戦争の〈勝利〉/革命の本体はテクストである。決して暴力ではない/革命にとって暴力は二次的なものに過ぎない/文学こそが革命の根源である/ルター、文学者ゆえに革命家

第三夜 読め、母なる文盲の孤児よ──ムハンマドとハディージャの革命

「取りて読め、取りて読め、取りて読め」──〈世界〉の滅びのなかで/大革命と「カトリック対抗大革命」/血で汚れていない手などない。しかし、それでも/スペインの改革、スペイン神秘主義の闘争/殺されるか、狂気を賭けて読むか/「恐れるな、わたしはあなたに対して、あたかも開かれた本の様になろう」/ムハンマドの〈革命〉/自分を宗教だと思っている宗教にできることは何もない/ジャーヒリーヤ、女たちの汚辱/「私は、市場をうろついてはものを食うただの男に過ぎない」/ハディージャの求婚/苦悩するムハンマド/大天使ジブリールとの遭遇/ムハンマドの錯乱、ハディージャの庇護/「神は決してあなたを辱めないでしょう」/そして神の啓示は下った──「読め」/「読め。汝の主はこよなきありがたき御方にして、筆を持つ術を教えたもう」/文盲が「読む」/ハディージャなくしてグローバリゼーションなし/女性の擁護者、ムハンマド/母なる文盲、本の母/かくして「本」は受胎した/天使とは何か──読み得ぬことを読むこと/「大天使ジブリールはムハンマドの喉を裂き、」/神は最初に筆を作りこう命じた、「書け」/花咲くイスラーム〈文学〉/「黄金よりも詩の言葉はすばらしいものである」/文学こそが革命の力であり、革命は文学からしか起こらない/覆せるか、この夜の、この天使との邂逅が/KRSワン、女性と創造性/法の起源をめぐる西欧的思考の例外、父ならぬムハンマド/暴力は先行しない、暴力は国家や法の起源でも根源でもない/「父殺し」の思考の限界/悪しき原理主義、その新たな定義/「最終解脱者を名乗るなかれ」/奇蹟を否定するブッダ/イエスは言う、「その日その時はだれも知らない」/終末の期限を切るものは悪魔である/原理主義者は本が読めない、その勇気もない/「お前は死ぬ、必ず死ぬ、絶対死ぬ。死は避けられない」/悪しき終末論は自らの生のあいだに世界の終末と滅亡を望む/終末と絶滅の「絶対的享楽」/「読まない」ことは人を殺す/ナチス、世界とともに自殺すること/オウム真理教やナチスと同型の思考を繰り広げる現代思想/前世は此処で、来世も此処だ/私が死んだあとも世界は続く/頼むから辞書くらい引いて貰えないか──アガンベン批判/世界はもっと広く、もっと長く続く/現代文学の抗戦/終わらないフィネガンの通夜/ベケット、永遠に続く終盤戦/『ゴドーを待ちながら』──「そしてまた戦い始めた」/「他の日々と同じようなある日」、「また新たな夜が来る。前へ!」/笑いながら、ベケットは言った──「共生だよ」

第四夜 われわれには見える──中世解釈者革命を超えて

一二世紀に革命が起きた──全ヨーロッパ革命の母なる革命が/一二世紀における資本制の胚胎/彼らは自らを近代と呼んだ──ルターも、オッカムのウィリアムも、一二世紀の法学者も/「新たなる法(jus novum)」を産み出した革命/「聖なる魔王」教皇グレゴリウス七世の闘争/教皇革命は成就した/密やかなる別の革命──『ローマ法大全』の発見/法の革命、『グラーティアヌス教令集』の決定的な勝利/汎ヨーロッパ共通法としての教会法、それは何だったのか/生きるための法、生み育てるための法/法の外に居た子どもたち、その惨禍/革命は子どもの生を「守護する」ことでなくてはならない/国家の本質とは「繁殖を保証する」ことである/どうして国連は「宙に浮いた」ものであるのか、何故世界政府は成立しないのか/近代国家の起源、それは解釈者革命におけるキリスト教共同体である/近代主権の起源としての教皇/近代官僚制の起源としての教皇庁/実証主義、近代科学の起源としての法の革命/会社や協同組合の起源──フィクションとしての法人/中世解釈者革命が近代資本制の原型をつくる/法ナショナリズムの問題/中世解釈者革命は、情報技術革命だった/翻訳、編纂、製本、註釈、修正、索引──そして法は情報化した/神話を舞うこと、律法を舐めること──これも「テクスト」である/人を統治するテクスト、それはもっと広い/何に何を書いてもそれは文学なのだ/われわれの法は、踊られなくてはならない/統治の情報化──法は歌われず、踊られず、飲まれなくなる/情報とデータベースの世界、それは中世解釈者革命の効果に過ぎない/統治の情報化が暴力を生む/暴力革命の誕生/ひとは八〇〇年言い続けている──すべては情報である、と/情報と暴力のなかで藻掻く世界、脱出の方途は/われわれには見える。われわれには聞こえる/情報か暴力か、このような二者択一は夢想に過ぎない/「主権」──それは、情報と暴力の二分法から析出された/ゆえに、革命とは情報でも暴力でも主権の奪取でもない/世俗化、ヨーロッパの戦略兵器/宗教か世俗化か、それは思考の罠である/「信仰」という概念は放棄されなくてはならない/信仰が消える、読みそして書く時空/一体何を言っているんだこの白人は/ファシズム、スターリニズム──藝術の力を抑圧するからこそ、それは外から回帰する/藝術──その善悪の彼岸/人間の統治としての藝術/情報機器の取り扱いも、儀礼であることを免れない/精が出ますね/藝術と文学は、統治や繁殖と切り離すことができない/なべて藝術とは、受胎の藝術なのです/たかが八〇〇年が何だと言うのだ/辞任要求

第五夜 そして三八〇万年の永遠

ビニールのかわいらしいプールなのかもしれません/「世界は老いたり(Mundus senescit)」──終末幻想の長い歴史/「文学は終わった」、と人は繰り返してきた/ギリシャ文学と哲学、その〇・一パーセントの勝利/文字が生まれてから九割は「全文盲」/全文盲の女性の物語/識字の歴史──それは直線的に発達したのではない/印刷術、製紙、眼鏡──読書の物質的基盤/文字が読めない人のための書物、「暦」/カレンダー、手帳、占い、そして挿絵入りの本は昔から売れていた/革命による読書熱、革命の失敗による読書離れ/革命は終わった文学は終わったなんて書いてある本を誰が読むか/一七世紀フランス、コルネイユやラシーヌの時代の識字率/一七世紀イングランド、シェイクスピアやミルトンの時代の識字率/「学問こそ革命の先駆けでありわれらの敵である」/一八五〇年、文学の黄金時代の文盲率はどうだったか/イングランドはディケンズ/フランスはバルザック、フローベール、ボードレール/ロシア帝国、全文盲率九割/ドストエフスキーの闘争/ロシア文学の勝利/文学が生き延びる、藝術が生き延びる、革命が生き延びる/二〇万年前、ホモ・サピエンス誕生/絵画、服飾、音楽──七万年ないし三万年の歴史/農耕、牧畜、資本の蓄積による経済活動は一万年の歴史しかない/文字の発明から、たった五〇〇〇年しか経っていない/文学は異常に若い藝術である/文学は終わった? 恥ずかしいからやめてください/五〇〇〇年は二〇万年の四〇分の一。八〇歳から見たら二歳児/古生物学によると、世界の終わりはもう来ました。五回もね。で?/有史以来、広島原爆の千倍の威力の隕石が一五個は落ちている。誰も死んでいない/世界は滅びないです。残念でした/イナゴの「群生相」/モーリス・ブランショの偉大さ──「終わり」の絶対的拒絶/生物種の平均寿命は四〇〇万年/四歳の男の子がやってきて「もう終わりだ」と言ったら/三七九万年譲ったとしても/「君はなされる! いかなる時でも!」/「どうして作品を発表しなくてはいけないのですか」/夜のなかで足音を響かせること/彼がいてくれてよかった、彼がそこにいた/『ツァラトゥストラ』最終第四部は、自費出版で七部しか配られなかった/フリードリヒ・ニーチェの勝利/未来の文献学は、大天使の文献学である/足音が聞こえる。それは聞こえる/「言葉は失われることなく残った」/『ツァラトゥストラ』第四部──「勇気を失ってはいけない。多くのことが、まだまだ可能なのだ」/三八〇万年の永遠が、われわれを待っている/この前夜の深まりのなかへ